イタリアの歴史年表
la tavola cronologica d'Italia

La pagina di casa di Ciro

中世〜近世

なんだか大変なんでちょっとずつ埋めてます(抜けや間違いがあるので注意)。完成するとすごいことに…
ちなみに色分けは適当です。日付はユリウス歴とグレゴリオ歴併用です。
6世紀 7世紀 8世紀 9世紀 10世紀 11世紀 12世紀 13世紀 14世紀 15世紀 16世紀 17世紀 18世紀 19世紀
フランス東部北西部北中部北東部北部中部南部その他
サヴォイア、
ニッツァ
サルデーニャピエモンテモンフェッラートリグーリアロンバルディアエミーリアロマーニャヴェネトフリウリトレンティーノトスカーナ ラツィオマルケ、ウンブリアイタリア半島南部シチーリアコルシカ他(関連事項)
トリノ、アオスタ…アスティ、
アレッサンドリア
ジェノヴァミラーノ、
クレモーナ…
マントヴァ
グアスタッラ
パルマ、
ピアチェンツァ
モーデナ
レッジョ
ボローニャ、
フェッラーラ
ラヴェンナ
リミニ
チェゼーナ
フォルリ…
ヴェローナ、
パドヴァ…
ヴェネツィアフリウリ、
V・ジューリア
トレンティーノルッカフィレンツェ、
シエーナ、マッサ、
ピーサ(1510〜)
ピオンビーノ(〜1509)
ピーサ
(〜1509)
ピオンビーノ
(1510〜)
ローマ
(教皇庁、ラツィオ)
ウルビーノ
ペルージャ、
スポレート
ベネヴェント、
カープア
サレルノカラーブリア
バジリカータ
プーリア
アブルッツォ
モリーゼ
アマルフィナーポリ
476(〜454年 ヴァンダル王国)オドアクレ、西ローマ帝国を滅亡させイタリア王に。首都はラヴェンナ西ローマ帝国の首都ラヴェンナ陥落(〜431年、ヴァンダル王国)476
489東ゴート族のテオドリーコ[Teodorico](テオドリック)が侵攻

8月28日
イゾンツォの戦い
489
4933月5日
テオドリーコ、ラヴェンナに無血入城

3月15日
テオドリーコがオドアクレをラヴェンナで殺害、イタリア王を名乗る。東ゴート王国[Regno degli Ostrogoti]が事実上イタリアに成立する
493
497テオドリーコ。東ローマ皇帝アナシタシウスに地位を認められる497
501501
5268月30日
テオドリーコ死去
アタラリーコ[Atalarico]が後継。テオドリーコの娘アマラスンタ[Amalasunta]が摂政に
526
527東ローマ帝国皇帝にユスティニアヌス1世が即位527
53410月2日
アタラリーコ病死
アタラリーコの摂政アマラスンタがテオダート[Teodato]を協治王に

年末
アマラスンタ失脚。ボルセーナ湖に幽閉される。
コルシカ、東ローマ帝国領に534
5354月30日
アマラスンタ、暗殺される。
東ローマ帝国将軍ベリサーリオ[Belisario](ベリサリオス)、シチリア島を攻撃。ゴート戦争の始まり
12月31日
ベリサーリオ、シラクーザ入城
535
53612月
テオダート殺害される
東ゴート王に将軍ヴィティージェ[Vitige]
ベリサーリオ、ナーポリ征服ベリサーリオ、シチリア征服
ベリサーリオ、カルタゴの反乱鎮圧へ
536
540ベリサーリオ、ラヴェンナに無血入城しヴィティージェを捕虜に。
イルディバード[Ildibado/Ildebaldo]が東ゴート王に
540
541イルディバード殺害

6月
エラリーコが東ゴート王に。陰謀により殺害。

トーティラ[Totila]が東ゴート王に
541
542ヴィティージェ、コスタンティノーポリで死去。542
549トーティラがコルシカを征服549
550トーティラ、ローマ占領550
552トーティラがナルセス(ナルセーテ)率いる東ローマ軍との戦闘で戦死。
テーイア[Teia]が東ゴート王に。
東ローマ帝国将軍ナルセーテがコルシカ奪回552
553テーイア、モンテ・ラッターリ[Monte Lattari]の戦いでナルセーテ[Narsete]将軍率いる東ローマ軍に敗れ死亡。
東ゴート王国滅亡
553
554東ローマ帝国、東ゴート王国の残党を制圧。イタリア全土を領域に。
イタリア総督にはナルセーテ。総督府はラヴェンナ
554
568ランゴバルド族(ロンゴバルド)が侵攻フラヴィオ・ロンジーノ[Flavio Longino]がラヴェンナ総督[esarca]に。568
569ロンゴバルド王アルボイーノ[Alboino]、ミラーノを占領(半島先端部は東ローマ帝国)569
570トゥーシャ公国[Ducato di Tuscia]が成立(-770)。首都はルッカベネヴェント公国[Ducato di Benevento]が成立。
ベネヴェント公ゾットーネ[Zottone]即位。
570
571ロンゴバルド王国パヴィーアを首都にスポレート公国[Ducato di Spoleto]成立
ファロアルド1世が即位
571
572アルボイーノ、イタリア王を宣言。

6月28日
アルボイーノがヴェローナで殺害され
息子のクレーフィ[Clefi]が王に
572
573バドゥアーリオ[Baduario]がラヴェンナ総督に573
576デーチオ[Decio]がラヴェンナ総督に576
57911月26日
教皇ペラージョ2世[Peragio II]即位
579
574クレーフィ殺害、その後王位は空位574
584クレーフィの息子アウタリ[Autari]が王に584
585ズマラグド[Smaragdo]がラヴェンナ総督に585
589ロマーノ[Romano]がラヴェンナ総督に589
5902月7日
教皇ペラージョ2世死去

9月3日
教皇グレゴリオ1世即位
590
591ロンゴバルド王にアジルルフォ[Agilulfo]591
594アレーキ1世[Arechi I]、ベネヴェント公に即位594
601601
6043月12日
教皇グレゴリオ1世死去

9月13日
教皇サビニアーノ[Sabiniano]即位
604
6062月22日
教皇サビニアーノ死去
606
6072月19日
教皇ボニファーチョ3世[Bonifacio III]即位
11月12日死去
607
6088月25日
教皇ボニファーチョ4世即位
608
6155月8日
教皇ボニファーチョ4世死去

10月19日
教皇アデオダート1世[Adeodato I](別名デウスデディト[Deusdedit])即位
615
616アダロアルド[Adaloaldo]、ロンゴバルド王に616
61811月8日
教皇アデオダート死去
618
61912月23日
教皇ボニファーチョ5世即位
619
625アリオヴァルド[Ariovaldo](アリオアルド[Arioaldo])、ロンゴバルド王に10月25日
ボニファーチョ5世死去

10月27日
オノーリオ1世[Onorio I]即位
625
636ロータリ[Rotari]、ロンゴバルド王に636
63810月12日
オノーリオ1世死去、セヴェリーノ[Severino]が次期教皇に選出される
638
6405月28日
教皇セヴェリーノ即位

8月2日
教皇セヴェリーノ死去

12月24日
教皇ジョヴァンニ4世[Giovanni IV]即位
アレーキ1世死去640
641アイオーネ1世[Aione I]がベネヴェント公に641
64210月12日
教皇ジョヴァンニ4世死去

11月24日
教皇テオドーロ1世[Teodoro I]即位
ロドアルド[Rodoaldo]がベネヴェント公に642
645サレルノを取得645
647グリモアルド1世[Grimoaldo I]、ベネヴェント公に647
6495月14日
教皇テオドーロ1世死去

7月
教皇マルティーノ1世[Martino I]即位
649
652ロータリ死去。ロドアルド[Rodoaldo]ロンゴバルド王に652
653アリベルト[Ariberto]、ロンゴバルド王に653
6548月10日
マルティーノ1世が廃位され、教皇エウジェーニオ1世[Eugenio I]が即位
654
6559月16日
元教皇マルティーノ1世死去

655
6576月2日
教皇エウジェーニオ1世死去

7月30日
教皇ヴィタリアーノ[Vitaliano]即位

657
661ゴデベルト[Godeberto]、ロンゴバルド王にナーポリ公区となる。
ナーポリ公はバシリオ[Basilio]
661
662ベネヴェント公グリモアルド、ロンゴバルド王にロムアルド1世[Romualdo I]、ベネヴェント公に662
6635月8日
シポントの戦い
663
671ガリバルド[Garibaldo]、ロンゴバルド王に

ペルタリド[Pertarido]、ロンゴバルド王に
671
6722月27日
教皇ヴィタリアーノ死去

4月11日
教皇アデオダート2世即位
672
6766月17日
教皇アデオダート2世死去

11月2日
教皇ドーノ[Dono]選出
676
677677
6784月11日
教皇ドーノ死去

6月26日
教皇アガトーネ[Agatone]選出
678
6811月10日
教皇アガトーネ死去
681
6828月17日
教皇レオーネ2世[Leone II]選出
682
6837月3日
教皇レオーネ2世死去
683
6847月26日
教皇ベネデット2世[Benedetto II]選出
684
6855月8日
教皇ベネデット2世死去

7月23日
教皇ジョヴァンニ5世選出
685
686クニベルト[Cuniberto il Pio]、ロンゴバルド王に8月2日
教皇ジョヴァンニ5世死去

10月21日
教皇コノーネ選出
ベネヴェント公にグリモアルド2世686
6876月21日
教皇コノーネ5世死去

12月15日
教皇セルジョ1世選出
対立教皇にパスクアーレ、テオドーロ2世が選出された。
687
689ベネヴェント公にグリモアルド2世の弟ジスルフォ1世689
697初代ドージェ[doge](総督)、パウリチオ・アナフェスト[Paulicio Anafesto]就任697
700リウトベルト[Liutberto]、ロンゴバルド王に700
7019月8日
教皇セルジョ1世死去

10月30日
教皇ジョヴァンニ6世選出
701
702アリベルト2世、ロンゴバルド王に702
7051月11日
教皇ジョヴァンニ6世死去

3月1日
教皇ジョヴァンニ7世選出
705
70710月18日
教皇ジョヴァンニ7世死去
707
7081月15日
教皇シシンニオ[Sisinnio]選出

2月4日
教皇死去

3月25日
教皇コスタンティーノ[Costantino]選出
708
712リウトプランド[Liutoprando]がロンゴバルド王に712
7154月19日
教皇コスタンティーノ死去

5月19日
教皇グレゴリオ2世選出
715
717第2代ドージェにマルチェッロ・テガッリアーノ[Marcello Tegalliano]717
718718
720サルデーニャ、サラセン人に占領される720
725725年頃
コルシカ、ロンゴバルドのピーサに征服される
725
726オルソ・イパート[Orso Ipato]第3代ドージェ就任726
730ロンゴバルド、ピーサを取得730
7312月10日
教皇グレゴリオ2世死去

3月18日
教皇グレゴリオ3世選出
731
74111月28日
教皇グレゴリオ3世死去

12月10日
教皇ザッカリーア[Zaccaria]選出
741
742第4代ドージェ、ディオダート(Diodato)742
744イルデブランド[Ildebrando]、がロンゴバルド王に

ラーキ[Rachi](またはラーキス[Rachis])がロンゴバルド王に
744
749アストルフォ[Astolfo]がロンゴバルド王にジズルフォ2世がベネヴェント公に749
751ラヴェンナがロンゴバルドのアストルフォに征服されるナーポリ、東ローマ帝国ナーポリ公区からロンゴバルド系のナーポリ公国に751
7523月22日
教皇ザッカリーア死去

3月24日
教皇ステーファノ2世選出されるも死去

3月26日
新たに教皇ステーファノ3世(2世とも)が選出される
スポレート公にジズルフォ2世[Gislfo II]752
755第5代ドージェ、ガウロ・ガッラ[Gaulo Galla]ステーファノ2世がナーポリ公に教皇に寄進755
756ロンゴバルド王アストルフォ死去

ラーキが再び王に。トゥスチア公デジデーリオ[Desiderio]が奪いロンゴバルド王に
ラヴェンナ教皇領に第6代ドージェ、ドメーニコ・モネガーリオ[Domenico Monegario]756
7574月26日
教皇ステーファノ3世死去

5月29日
ステーファノ3世と兄弟の教皇パオロ1世[Paolo I]即位
757
759アデルキ[Adelchi]がロンゴバルド王に759
764第7代ドージェ、マウリツィオ・ガルバイオ[Maurizio Galbaio]764
766グレゴリオ2世がナーポリ公に766
7676月28日
教皇パオロ1世死去

7月5日
対立教皇コスタンティーノ2世選出
767
7687月31日
対立教皇フィリッポ[Filippo]選出

8月6日
対立教皇廃位

8月7日
教皇ステーファノ4世(3世)即位
768
770トゥーシャ公国、フランク侵入により滅亡770
7722月3日
教皇ステーファノ4世死去

2月9日
教皇アドリアーノ1世[Adriano I]即位
772
773教皇アドリアーノ1世、フランク族のピピンを呼ぶ773
774ロンゴバルド王国、フランク王ピピンの息子カルロ・マーニョ[Carlo Magno](カール大帝)に征服される
6月5日
カルロ・マーニョ、ロンゴバルド王に
ロンゴバルド王デジデーリオ、パヴィーアに捕われる
ベネヴェント公国[Principato di Benevento]となる774
781カルロマーニョの次男ピピーノ[Pipino](ピピン)、イタリア王に(〜810)781
787カルロ・マーニョ、ベネヴェント公国を属国に第8代ドージェ、ジョヴァンニ・ガルバイオ[Giovanni Galbaio],787
794テオフィラット[Teofilatto]がナーポリ公に794
79512月25日
教皇アドリアーノ1世死去

12月27日
教皇レオーネ3世選出
795
80012月25日
教皇レオーネ3世がローマ皇帝をカルロ・マーニョに戴冠。西欧にローマ帝国(フランク帝国)が成立し北イタリアはその一部となる。
800
801アンティモ[Antimo]がナーポリ公に801
8107月8日
イタリア王ピピーノ死去
801
812トスカーナ侯国[Marchesato di Toscana]成立
ボニファチオ1世[Bonifacio I]がトスカーナ侯(ルッカ伯/公)に
812
813ピピーノの息子ベルナルド[Bernardo]、イタリア王に(〜817)813
8141月28日
カルロ・マーニョ死去、皇帝は息子のルドヴィーコ1世[Ludovico I il Pio]に。
814
8166月12日
レオーネ3世死去

6月22日
教皇ステーファノ5世(4世)選出
816
8171月24日
教皇ステーファノ5世死去

1月25日
教皇パスクアーレ1世選出
817
818ルドヴィーコ1世の長子ロターリオ1世イタリア王にナーポリ公ステーファノ3世818
824教皇エウジェニオ2世即位824
828ヴェネツィア、聖マルコの遺体を取得828
831イスラムによりパレルモ陥落831
838ロンゴバルドによるアマルフィ占領838
839ベネヴェント公シカルド暗殺されるアマルフィ公国成立839
8406月20日ルドヴィーコ1世死去
ロターリオ1世、ローマ帝国皇帝に。
ランドルフォ1世[Landolfo I]、カープア伯に

ラデルキとシコヌルフォが対立しベネヴェント公に
セルジョ1世がナーポリ公に840
842ランドーネ[Landone]、カープア公[Principe]に841
843イスラムによりメッシーナ陥落ヴェルダン条約によりローマ帝国(フランク帝国)の分割843
846ルッカ伯ボニファーチョ2世の子アダルベルト1世トスカーナ侯に846
849サレルノ公国成立849
855ロターリオ1世死去、息子のルドヴィーコ2世、イタリア王に855
874ベレンガーリオ、フリウリ公に874
8758月25日
ルドヴィーコ2世死去。カルロ2世[Carlo il Carvo]がローマ皇帝に。
875
87710月6日
カルロ2世死去。
ルドヴィーコ1世の息子カルロマンノ[Carlomanno]、イタリア王に
877
878イスラムによりシラクーザ陥落878
879カルロ3世[Carlo III il Grosso]、ラヴェンナで戴冠しイタリア王にグイード3世がスポレート公に879
881カルロ3世、ローマで戴冠し皇帝に881
888フリウリ公ベレンガーリオ[Berengario]1世、イタリア王に888
889ベレンガーリオ1世、パヴィーアの戦いで負ける
2月
スポレート公グイード・ディ・スポレート[Guido di Spoleto]がイタリア王に
アダルベルト2世(1世の子)、トスカーナ侯に889
891イタリア王グイードが皇帝に。
息子のランベルトがイタリア王に
10月6日
教皇フォルモーゾ選出
891
894皇帝グイード死去スポレート公グイード3世(皇帝)死去、息子のイタリア王ランベルトがスポレート公ランベルト2世に894
896ランベルト皇帝に4月4日
教皇フォルモーゾ死去

4月
ボニファーチョ6世選出

4月19日
教皇死去

5月
教皇ステーファノ7世(6世)選出
896
8977月
ステーファノ7世廃位
絞殺

8月
教皇ロマーノ[Romano]選出

11月
教皇死去

11月
教皇テオドーロ2世選出20日後死去
アルベリコ[Alberico]がスポレート公に897
89810月15日ランベルト2世死去898
900ルドヴィーコ3世がイタリア王にカプア伯領を合わせカプア=ベネヴェント侯国に900
90110世紀頃
ピーサ、自由都市に
901
902タオルミーナ、イスラムに降伏902
903シチリア全島イスラムに征服される903
905ルドヴィーコ3世、ベレンガーリオに負ける905
909シチリア総督にアリー909
911教皇アナスターシオ3世即位911
915ベレンガーリオ1世、皇帝にガエータ、ガリニャーノの戦いでサラセン人に勝利915
923ベレンガーリオ1世、ロドルフォ[Rodolfo di Borgogna]に負ける。923
924ロドルフォ、イタリア王に。

謀反のため皇帝ベレンガーリオ1世、ヴェローナにて死去

マジャール人イタリア王国の首都パヴィーアを攻撃
924
926ロドルフォ退位し、プロヴァンス伯ウーゴ[Ugo di Provenza]がイタリア王に。926
930ピサ、トゥーシャの中心に930
9312月
教皇ステーファノ8世死去

3月
ジョヴァンニ11世が教皇に
931
9351月
教皇ジョヴァンニ11世死去
935
9361月3日
教皇レオーネ7世が選出
936
939第20代ドージェにピエトロ・バドエル[Pietro Badoer]939
942第21代ドージェにピエトロ・カンディアーノ3世[Pietro III Candiano]942
945ウーゴが退位し、息子ロターリオ2世がイタリア王に945
948トリエステ独立948
950ベレンガーリオ2世、イタリア王に950
951オットーネ1世とロターリオ2世の未亡人アデライデ[Adelaide di Borgogna]が結婚950
958ベレンガーリオ2世から、ジェノヴァに特許状が出る958
961カープア、ベネヴェント公[Principe]にパンドルフォ1世が即位961
962オットーネ1世[Ottone I]がローマ皇帝に。イタリアは事実上、ローマ帝国領(後の神聖ローマ帝国)にオットーネ1世、フィレンツェを統治2月2日
ローマ皇帝オットーネ1世、ローマで戴冠
962
967アレラーモ[Aleramo]、モンフェッラート候国を建国オットーネ1世の息子オットーネ2世がローマ皇帝に967
973オットーネ1世死去973
978パンドルフォ、サレルノ皇子に978
982ベネヴェントとカープアが分離
982
98312月7日
オットーネ2世死去、息子のオットーネ3世がローマ皇帝に
983
10011001
10021月24日
オットーネ3世死去
2月15日
イヴレーア侯アルドゥイーノ[Arduino]がイタリア王に
1002
1003ピサ、ルッカに勝利1003
1014アルドゥイーノを破りドイツ王ハインリヒ世がイタリア王エンリーコ2世(ローマ皇帝も)に1014
1016カープア公パンドルフォ2世即位1016
1017サルデーニャ、ピサに1017
1021サルデーニャ、サラセン人に1021
1022皇帝エンリーコ2世、カープア公パンドルフォ2世を廃位し、テアーノ伯パンドルフォを3世に即位1022
10247月13日
皇帝エンリーコ2世死去
1024
1027ローマ皇帝コッラード2世[Corrado I]即位(ドイツ王コンラート2世[Konrad II])トレント司教公国[principato vescovile]にカノッサ公の息子ボニファチオ3世(982-1052)、トスカーナの領主にグアイマロ5世[Guaimarmo V]サレルノ公即位1027
1037ナーポリ公セルジョ7世死亡1030
1039皇帝エンリーコ3世が即位1039
1043サヴォイア領主ウンベルト・ビアンカマーノ、アオスタ伯にプーリア伯にグリエルモ1世1043
1047サヴォイア領主アメデーオ1世、サヴォイア伯に1月
皇帝エンリーコ3世と教皇がカープア訪問
1047
1048皇帝の従兄弟が教皇レオーネ9世として即位1047
1051アルタヴィッラ家のウンベルトがプッリャ伯に1051
1052トスカーナ侯ボニファチオ3世、領民に殺害される。6月
グアイマロ5世暗殺
義理の兄弟のパンドルフォがサレルノ公に
グアイマロの息子ジズルフォ2世がサレルノ公に
1052
10536月18日
教皇軍とノルマン諸国がチヴィターテの戦い
1053
1054カトリックとギリシャ教会分裂1054
10551055
1056ローマ皇帝エンリーコ4世即位1056
10578月
ロベルト・グイスカルド・ダルタヴィッラ[Roberto il Guiscardo]がプッリャ伯に
1057
1059ロベルト・グイスガルド、プーリア公に1059
1060サヴォイア伯オッドーネ1世ピエモンテへ1月24日
教皇ニッコロ2世選出
ルッジェーロにより、レッジョ陥落1060
1061ルッジェーロにより、メッシーナ陥落1061
1068コルシカ、フランス領に1068
1071ロベルト・グイスカルドによりバーリ陥落ルッジェーロにより、カターニャ陥落1071
1072ルッジェーロ1世パレルモを征服し、シチリア伯に。1072
10734月21日
ローマ教皇アレッサンドロ2世死去
イルデブランド・アルドブランデスキ[Ildebrando Aldobrandeschi]が教皇グレゴリオ7世に
ロベルト・グイスカルドがアマルフィ公国征服
11月
グイスカルド、アマルフィ公に
1073
1076ロベルト・グイスカルドがベネヴェント侯国征服12月13日
グイスカルドがサレルノ占領
1076
1077皇帝エンリーコ4世が、グレゴリオ7世に対してカノッサの屈辱を受ける11月18日
ベネヴェント公ランドルフォ6世が死去
ベネヴェント教皇領に
ロベルト・グイスカルドがサレルノ侯国征服コルシカ、ピサ領に1077
1081ピーサ、自由コムーネになる1081
1083皇帝エンリーコ4世、イタリア遠征1083
1084皇帝エンリーコ4世、ローマに入城し教皇グレゴリオ7世を廃位し幽閉。対立教皇クレメンテ3世が即位。
ロベルト・グイスカルドが元教皇を救出。
1084
10855月25日
グレゴリオ7世死去
7月17日
ロベルト・グイスカルドが遠征先で病死、息子のルッジェーロ・ボルサ[Ruggero Borsa]がプッリャ。カラーブリア公に
1085
10865月24日
モンテカッシーノ修道院長デジデリオ・ダ・モンテカッシーノが教皇ヴィットーレ3世として即位

1086
10879月16日
教皇ヴィットーレ3世、モンテカッシーノで死去
1087
10883月21日
教皇ウルバーノ2世選出
1088
1091タンクレーディの息子ルッジェーロ1世シチリアを征服1091
1097ミラーノ自由都市に1097
1098クレモーナ自由都市に1098
1101ルッジェーロ1世死去、息子のシモーネが継承1101
1105ルッジェーロ1世の息子ルッジェーロ2世、カラーブリア公を継承シモーネ死去、弟のルッジェーロ2世が継承1105
1106ローマ皇帝エンリーコ5世即位1106
1111ルッジェーロ・ボルサ死去、グリエルモがプッリャ公に。1111
1113ルッジェーロ2世シチリア伯に。1113
1114ボローニャが自由都市になる1114
1115トスカーナ侯マティルデ[Matilde di Canossa]死去1115
1118ルッカが自由コムーネになる1118
1122セルジョ7世ナーポリ公に1122
1125ロターリオ3世がイタリア王に1125
1126ピアチェンツァ自由都市になる1126
1127グリエルモ死去、ルッジェーロ2世プッリャ公を継承1127
1128イタリア王にコッラード3世南イタリア、シチリアに併合1128
1129アッシージ自由都市になる1129
1130サルッツォ侯国成立2月23日
教皇インノチェンツォ2世が選出される。
ルッジェーロ2世、ナーポリ・シチリア王国建国1130
1131アマルフィがシチリア王国に併合される1131
1135コッラード3世、ローマ王に1135
1136ヴェローナ自由都市になる1136
1138パドヴァ自由都市になる対立教皇ヴィットーレ4世が選出1138
1139対立教皇ヴィットーレ4世廃位ナーポリ、ノルマン人に征服される。アルフォンソがナーポリ公に1139
1140ラニエーリの子グリエルモ5世モンフェッラート侯にシチリア王ルッジェーロ2世、ナーポリ入城1140
1144アブルッツォ、シチリア王国に併合1144
1147シエーナ自由都市になる1147
1148オッドーネ、サヴォイア伯に第37代ドージェ、ドメーニコ・モロシーニ[Domenico Morosini]1148
1149パルマ自由都市になるタンクレーディ、レッチェ伯に1149
11522月15日
イタリア王コッラード3世死去
1152
11542月26日
ルッジェーロ2世死去、息子グリエルモ1世シチリア王、プッリャ公に
1154
1155バルバロッサ[Federico I Barbarossa]、イタリア王に1155
1159対立教皇ヴィットーレ4世が選出される1159
1162バルバロッサ(フェデリーコ1世)、ミラーノ征服1162
1164ヴェローナ、ヴィチェンツァ、パードヴァでヴェローナ同盟成立1164
1166シチリア王グリエルモ1世死去
グリエルモ2世即位
1166
1167ブレッシャ、ベルガモ、マントヴァ、クレモーナでロンバルディーア同盟成立
ロンバルディーア同盟にヴェローナ同盟が合流
マントヴァ、ロンバルディーア同盟にピアチェンツァ、ロンバルディーア同盟にヴェローナ同盟、ロンバルディーア同盟に合流1167
1168レッジョ、ロンバルディーア同盟に合流1168
1171ヴェネツィア、6つのセスティエーレ(地区)に区分される1171
1172ヴェネツィア、大評議会が作れれる1172
1176ロンバルディーア同盟、レニャーノの戦いでバルバロッサに勝つ1176
1183コスタンツァの和1183
1185フィレンツェ自治都市国家となる11月25日
教皇ウルバーノ3世選出
1185
1186ミラノにてバルバロッサの息子エンリーコが、シチリア王ルッジェーロ2世の娘コスタンツァと結婚